ドイツ挑戦を経て光る、浦和のMF猶本光の「何でもできる」という武器。新生なでしこジャパン定着なるか?
9月に開幕し、毎週、熱戦が繰り広げられているWEリーグ。2023年FIFA女子W杯のアジア予選を兼ねたAFC女子アジアカップを1月に控え、代表候補たちの活躍からも目が離せない。
なでしこジャパンの池田太監督が強調する「ボール奪取力」は、ディフェンダーのみならずアタッカーにも求められており、ポジションに関係なく、どこからでもシュートを狙える能力が一つの評価基準となる。
その条件に当てはまる選手の一人が、三菱重工浦和レッズレディースのMF猶本光(なおもと・ひかる)だ。ボール奪取とキープに長け、158cmと高さはないが、球際ではめっぽう強い。攻撃では、流動的に動きながら、ミドルシュート、ドリブル、キックと、多彩な持ち味で攻守のスイッチを入れることができ、セットプレーでも質の高いキックを見せる。
今季から始まったWEリーグでも好調を維持している猶本は、10月に行われた新生なでしこジャパンのトレーニングキャンプにも招集された。
今年で27歳になる猶本にとって、大きな転機となったのが2018年6月に、浦和からドイツ1部の女子ブンデスリーガに挑戦したことだ。
女子ブンデスリーガは世界有数の強豪リーグの一つで、FIFAランク3位の強豪ドイツ(日本は13位)の代表選手も、ほとんどが国内でプレーしている。猶本はSCフライブルクで1年半プレーし、それまで主戦場としていたボランチだけでなく、1.5列目のポジションでも新境地を開いた。
「ヨーロッパのトップクラスの選手は、1本のシュートを確実に決めてくる。そのシュートの質や決定力が(日本とは)全然違っていて、『結果を出す』ということが、認められるすべての基準でした」
「球際は、ドイツでの1年半で得た感覚がベースになっています。向こうは、体を一回ぶつけてからボールを触るシーンが多く、岩みたいに強い選手たちばかりでした」
そうした収穫を得て浦和に復帰した昨季、猶本のフィジカルは強さを増し、プレーの強度や質に明らかな違いが見られた。試合を重ねるごとに出場時間を伸ばし、終わってみれば5ゴール9アシストの大活躍で、6年ぶりのタイトルに大きく貢献した。
「なんでも平均よりできるけど、飛び抜けた武器がないと生き残れないぞ」
これは、猶本がかつて指導者たちから言われてきた言葉だ。だが、猶本自身は「何でもできること」を強みにしようと努めてきた。「器用貧乏」ではなく、「オールラウンダー」になるーー。貫いてきた信念は、ドイツでの1年半を経て、猶本の今のプレースタイルの確固たる土台となっている。
「何でもできれば、どんな監督のサッカーにも対応できて、どんなチームメートの中でも自分の特徴が出せると思うし、その考え方は今も変わっていません。たとえば足が速くても、それだけだったら、縦に速い攻撃では生かされても、サッカーが変われば出られなくなるかもしれない。そうはなりたくないんです。もちろん『他の人よりできること』は絶対に必要で、今はそれがフリーキックやセットプレーのキックだと思っています。ただ、ミドルシュートや前への推進力は、日本で評価してもらえても、ドイツではすごい選手がもっとたくさんいるので、周りを見てパスを配給する役割もこなしました。どんなサッカーにも対応できるようにしたかったので、そのための引き出しは増えたと思います」
日本とドイツで、対照的なサッカースタイルを経験したことも、自身の血となり肉となった。
ただ、「日本に帰ってきたときは、体をぶつけようとしても相手がいないから、最初は戸惑いましたよ」と猶本は苦笑する。
ドイツのサッカーは攻撃でも守備でも1対1になるシーンが多く、個の力が試されることが多いが、日本では、ボールを持った相手に対して飛び込まずに、コースを切りながら複数で確実に奪い切ろうとすることが多い。猶本が戸惑ったのも無理はない。
それでも猶本の場合、フライブルクでプレーしながらなでしこジャパンにも入っていたため、チームによってその間合いを調整する作業を繰り返してきた経験が、異なる環境下での適応力を向上させた。
「ルーズボールを競り合った時にドイツの選手はグッと前に出てくるから、そこで自分が先に触って走れば、もう裏のスペースを取れるんです。でも、同じ状況で日本の選手は引くから、同じことをしたら取られてしまう。戦術や選手の立ち位置、タイミングとか動きもまったく違うので、いつも頭の中で『この場面ではこう』と、(間合いの違いを)整理しながらプレーしています」
WEリーグでは日本人選手の間合いに合わせてプレーしているが、代表で欧米の強豪国と対戦する時にはいつでもそのスイッチを入れ替えられるよう、常に頭の中でイメージしているのだという。
「考えてプレーする」。言葉にすればシンプルだが、猶本の論理的思考は、サッカーについての圧倒的な知識量にも支えられている。筑波大学では、代表で実績のあるFW安藤梢やDF熊谷紗希を育てた西嶋尚彦教授の研究室でトレーニングを科学的に学び、卒業後は同大学院に進学。体育学の学士と修士を取得した。
「大学に行って良かったのは、スポーツ科学について学ぶことができたことです。大学に合格した時に、スポーツ科学の専門書が送られてきて、開いてみたら、日本語で書いてあるのに何が書いてあるのかさっぱりわからなかったんです(笑)。大学の4年間で学んで、しっかりと読めるようになりました」
スポーツ科学は、生理学、栄養学、生化学、医学、心理学など、さまざまな専門分野へと繋がっている。
卒論では、メッシやネイマールなど、世界一流選手たちのドリブル動作を研究。そこで得られた知見を自身のプレーにフィードバックし、ドリブルを洗練させた。
ドイツではケガで戦列を離れた時期もあったが、猶本はコンディションを落とさないためにセルフマネジメントを徹底していた。大学時代に習得した様々な知識や研究の成果が、猶本の思考力や調整力の基盤となっている。
猶本のキャリアは、筑波大学と浦和の先輩でもある安藤梢の影響を色濃く受けている。安藤は、なでしこジャパンのW杯優勝(2011)と準優勝(2015)、2012年ロンドン五輪銀メダルのほか、ドイツで7年半、3つのクラブを渡り歩き、女子チャンピオンズリーグ優勝(2015)も経験。2017年に浦和に復帰し、今年2月には筑波大の助教に就任した。39歳になった今季も、全試合に出場してチームを牽引している。
「年齢を重ねて長くプレーすることの価値を、日々学んでいます。梢姉さんは若い時からしっかりトレーニングをして、1日のライフスタイルを確立してきた結果、今も長くバリバリやれているのだと思うし、今、しっかり積み重ねてやっていくことの結果が、長くプレーできることにつながっていくと思って取り組んでいます」
いくつかの転機を経てきた猶本はこれから、選手としての成熟期を迎えようとしている。その視線の先には、代表に入って国際舞台で活躍するという揺るぎない目標がある。
2014年になでしこジャパンに初招集されてから、常に候補入りしてきたが、世界大会にはまだ出場していない。常にメンバー入りまであと一歩というところで、悔しい思いを重ねてきた。
ドイツから浦和への復帰を決断したのも、「東京五輪に絶対に出場する」という覚悟の表れだった。それだけに、メンバー入りできず、「応援してくれていた人たちに申し訳ない気持ちでした」と落胆を明かしたが、気持ちの準備はできていたという。
だからこそ、次の目標へと、すぐに気持ちを切り替えることができた。新たなスタートラインに立った猶本の目には、強い光が宿る。
「今は、2023年(W杯)と2024年(五輪)に向かって、すべてをかけて臨むつもりです。高校生の時になでしこジャパンが優勝して日本がすごく盛り上がって、女子サッカーに対する見方が変わったじゃないですか。WEリーグが始まって、『もう一回、女子サッカーを盛り上げよう』としてくれているけれど、やっぱり代表が強くないと難しい部分もあると思うんです。自分たちはそういう立場にいるし、魅力的なサッカーをして、結果を出していかなければいけない責任を感じています」
その言葉に、プロのWEリーガーとしての矜持も滲ませた猶本。今後は池田ジャパンのサッカーで不可欠な存在となるべく、持ち前の思考力や調整力をフル回転させ、アピールしていくつもりだ。
「ボランチでは、まず守備でしっかり勝つことを意識しています。その上で、前に出た時のゴール前でのアイデアや、アシストに繋げていくプレーをイメージしています」
定着するためにはもちろん、リーグ戦での活躍が欠かせない。
ここまで1ゴール3アシストと数字を伸ばしているが、浦和は主軸にケガ人が多く、現在は3連敗中と苦しい時期を過ごしている。11月13日(土)に対戦する次節の相手は、無敗で、リーグ2位の強豪・マイナビ仙台レディース。
敗れればタイトルへの道に赤信号が灯るこの一戦で、猶本は、苦境を打破する救世主となれるだろうか。
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