りくりゅうを金メダルに導いた「三位一体」 町田樹がフィギュア・ペアFSを解説
『グラディエーター』という作品の完成
りくりゅうペアの強みは、技術的な側面だけにとどまりません。彼らのスケートが持つ「疾走感」と「重厚さ」という二つの要素が、今季のFSのプログラム『グラディエーター』の音楽性と見事に融合し、一つの作品として昇華されていた点も特筆すべきでしょう。
私がお伝えしたい「重厚なスケート」とは、常に腰を落とし、頭や腰の高さが変わらない、まるで氷上を、地を這うように滑っていくスケートのことです。これは高い技術力と強靭な体幹、そして最後までそれを維持する体力がなければ実現できません。疲労が蓄積すると、どうしても上体が浮き、腰の位置が上下して軽いスケートになってしまいますが、りくりゅうペアはプログラムの終盤に至るまで、この重厚さを失いませんでした。
この地を這うような重厚さと、彼らが元来持つ疾走感が一体となったとき、『グラディエーター』の壮大な音楽が氷上で完璧に表現されました。この音楽との調和は、演技構成点(PCS)にも絶大な影響を与えました。FSで演技構成点の3項目すべてで9点台を記録したのはりくりゅうペアのみであり、2位のペアが8点台であったことを考えると、芸術性の面でも他を圧倒したと言っても過言ではありません。技術と芸術が最高次元で結びついたとき、歴史に残る名プログラムが誕生するのです。
逆境を乗り越えた精神力と、その源泉
SPでのミスにより、失意の中でFSを迎えた彼らが、これほど完璧な演技を披露できた背景には、木原龍一選手の強い精神力がありました。彼はSP後、「必ず帰ってきます」という言葉を残しましたが、その言葉通りに最高の結果で応える「有言実行」を果たしたのです。この精神的な強さこそが、五輪チャンピオンにふさわしい資質と言えるでしょう。ここまで挙げたように「技術」「芸術」「精神力」の三位一体が、りくりゅうを金メダルに導いた要因と言えると思います。
そして、この歴史的快挙の物語を語る上で、忘れてはならない人物がいます。それは、元ペアスケーターの高橋成美さんです。現代の日本ペアの歴史を切り拓いたのは、間違いなく彼女の功績が大きいと私は考えています。彼女もまた、現役時代に数々の日本初の偉業を成し遂げ、そして何よりも、木原選手をシングルの世界からペア競技へと導いた張本人です。今日のりくりゅうペアの栄光の「源泉」には、高橋成美という偉大な先駆者の存在があることを、私たちは記憶に留めておくべきです。
今大会のペアを、高橋さんが放送で解説していたのも感慨深いですね。りくりゅうペアが金メダルを獲得した瞬間、感動で言葉を詰まらせていましたが、それだけ思いが深かったのでしょう。解説も工夫が凝らされた、高橋さんらしいものでしたし、実況アナウンサーの大西洋平さんとの連携も素晴らしかったです。この実況解説の"カップル"も今大会のペア競技を盛り上げた立役者だと、私は思います。
大舞台における「完全演技」の価値
今回のペア競技全体を振り返ると、あらためて五輪という大一番で「完全な演技」をすることがいかに難しく、そして価値があるかを痛感させられます。銀メダル、銅メダルを獲得したペアも素晴らしい実力者たちですが、FSでミスが出たことで、りくりゅうペアに逆転の隙を与えてしまいました。
私が心を打たれたのは、メダルには届かなかったものの4位に入賞したハンガリーのパブロワ/スビアチェンコの演技です。彼らは、りくりゅうペアとともに、FSを完璧に滑りきりました。さらに言えば、SPもノーミスで終えており、今大会の上位陣で唯一、二つのプログラムをコンプリートしたペアだったのです。シーズンを通じて安定した演技を続け、この大舞台で自己ベストを大幅に更新し、世界のトップスケーターの仲間入りを果たした彼らの姿は、着実に自分のやるべきことを遂行することの重要性を示していました。
ミスが許されない極限の緊張感の中で、自分たちの持てる力を100%発揮すること。それができた者だけが、栄光を手にし、あるいは大きな飛躍を遂げることができるのです。りくりゅうペアとハンガリーペアが見せたパフォーマンスは、その真理をあらためて私たちに教えてくれました。
新たな「お家芸」となる日も夢物語ではない
りくりゅうペアが灯した金メダルという光は、日本のフィギュアスケート界全体を明るく照らすものとなるでしょう。彼らが活躍することで、ペア競技に興味を持つ若いスケーター、いわば未来の後進たちが育っていくはずです。かつて日本の弱点とされてきたカップル競技が、シングルと並ぶ「お家芸」となる日も、もはや夢物語ではありません。
この勢いを次世代へとつなぎ、新たな目標へ向かう。日本のフィギュアスケートは、今まさに新たな黄金時代の入り口に立っているのかもしれません。りくりゅうペアが切り拓いた未来を、私たちは大きな期待を持って見守りたいと思います。
今大会、団体戦から始まった良い流れを、男子シングルの鍵山優真選手と佐藤駿選手がうまくつなげて、そしてそれをりくりゅうペアが見事に受け継ぎ、最高の形で金メダルを獲得しました。リンクサイドで彼らの演技を見守り、涙していた坂本花織選手の姿が象徴するように、この快挙は次に控える女子シングルの選手たちにも大きなインスピレーションを与えたはずです。明日から行われる女子シングルに出場する3選手にも期待をしながら、最大限のエールを送りたいですね。
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)
町田樹(まちだ・たつき)
1990年生まれ。スポーツ科学研究者、國學院大學人間開発学部准教授。2020年3月、博士(スポーツ科学/早稲田大学)を取得。専門はスポーツ文化論、身体芸術論、スポーツ&アーツマネジメント、知的財産法。主著に『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社、2020年、令和2年度日本体育・スポーツ経営学会賞)、『若きアスリートへの手紙』(山と渓谷社、2022年)。第33回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、第16回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞など、著述活動に関して数多くの受賞歴がある。
かつてフィギュアスケート競技者としても活動し、2014年ソチ五輪個人戦と団体戦ともに5位入賞、同年の世界選手権では銀メダルに輝いた。現在はその経験を活かし、研究者の傍らで振付家やスポーツ解説者としても活動している。近著に『スポーツ・クリティーク』(世界思想社、2026年)。
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